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ニューストランスクリプション
00:0040年経った今も
00:12まぶたに焼き付いて離れない映像がある
00:15逮捕後
00:17ようやく釈放され警視庁を出る母
00:20その姿を私はカメラのファインダー越しに捉えていた
00:26弟たちのように手を取るのではなく
00:31フィルムに残すことで何かを訴えかけようとしていた
00:36今年86歳になる母
00:44金本春子
00:45朝鮮の名をチョンビョンチョンという
00:531950年代
00:55母は非合法だったパチンコの軽品外で家計を支えていた
01:00警察の目を盗んでの闇商売
01:04全ては私を頭とする7人の子供のためだった
01:10守るべきは法よりも家族
01:14その結果母の逮捕歴は37回に及んだ
01:19当時私は朝鮮総連の映画制作所で撮影助手を務めていた
01:28仕事の傍ら
01:30母の生き様を記録していた
01:32私たち家族の人生は母亡くして語れない
01:39無責任な父に代わって長い人生の不幸と
01:44家族の重い十字架を背負い
01:48数々の修羅場をくぐり抜けた波乱の反省である
01:52幕地と女に入れ上げて
01:57生涯
01:58家庭をかえみることもなかった父
02:01それでも何とか添い遂げようと懸命に働き
02:06最後の最後まで裏切られた母
02:09愛はやがて憎しみに変わった
02:13あの男は働く人じゃないなもん
02:17ケイリンケイバラリオンでやって
02:1930円の値持ちもない奴を300万出して燃やしたんだ
02:23祖国は二つに分断された
02:29そして私たち家族も戦火の中で引き裂かれた
02:34長女と四女とは行き別れになった
02:37貧しさから
02:40次女は十二の年に家を出て
02:44未だ行方が知れない
02:45北朝鮮への帰国事業が進む中
02:50地上の楽園を夢見て
02:52三次は海を渡った
02:54家族が一つであることを願ってきた母は
02:59悲しみに暮れた
03:00思い出さないと思ってもパッと
03:05あれは今日は何食べてるのかな
03:07そしたらもう胸がいっぱいで
03:12味がなくなっちゃう
03:15子供のためにも母は
03:20祖国の統一を信じて
03:22虎の子をはたいた
03:24その見返りの勲章に果たして
03:26どれだけの価値があるのか
03:28私はいつしか母を冷めた目で見るようになっていた
03:40朝鮮総連の仕事に見切りをつけた私は
03:46結婚して3人の子の父となった
03:50そして将来を思い国籍を韓国に変えた
03:55それが母との圧力の始まりだった
04:00人間として生きていくよ
04:02国籍関係ないよ
04:04国籍関係ないよ
04:06在日一世の母がこの国で築き上げたものと
04:10失ったもの
04:12その重みをやがて私も背負うことになるのだろうか
04:18その重みをやがて私も背負うことになるのだろうか
04:305年前に公開された記録映画
04:38在日
04:40在日朝鮮人の戦後50年に及ぶ奇跡を歴史と人物から捉えたこの映画で
04:44母、チョン・ビョンチュンの半生が紹介された
05:04しかし私には家族しか知らない母がいる
05:08それを伝えるのが私の使命でもある
05:12それでもしょうがないからやったんですよ
05:20今、新宿には様々な国籍の人間がいる
05:24だが、かつてこの町で外国人といえば在日と佳境ぐらいだった
05:32新宿に根を下ろした母は20年ほど前から末の弟と同居している
05:38弟が離婚したため孫にあたる2人の子供の母親代わりを務めてきた
05:44その2人も成人して母の手を離れつつある
05:50母の手を離れつつある
05:54息子は、私が手で洗ってやらないとほっこりすいたら怒るの
06:00誰どっちしてんの?
06:02息子の
06:04手で洗ってね
06:10三男四女
06:127人の子供を育て上げた母
06:14生後間もなく息を引き取った子も2人いる
06:18母にとって生きることは戦いだったに違いない
06:22これ、豚箱行った時、これやった、これ
06:26これ
06:27警察で?
06:28これ、警察、懲役行った時、これやったの、これ
06:32名前がピンチだって
06:34うん
06:36箱だ
06:37かつて、当品売買で5ヶ月の懲役に服したこともある
06:41日本語はおろか、ハングルの読み書きもできない母は
06:45この国で、金を稼ぐために必死だった
06:531917年、母は西州島で生まれた
06:58妻の子で、本妻に詰めたくされ
07:0112歳で日本に渡ると、大阪の縫製工場で女工として働き始める
07:07そして、17歳になった時、同じ西州島出身の男と、宮井結婚
07:14波乱に満ちた一家の歴史が、ここから始まる
07:21二枚目でやさ男だった父、キム・チソン
07:25仕事に身が入らず、母が稼いだ金を、博打と女につぎ込むようになる
07:34空襲で焼け出された時も、父は愛人のもとにいた
07:38ミオモの母は、私と妹二人を連れて、どうにか逃げ乗り
07:45防空壕の中で、三番目の妹を出産した
07:49金も、食べるものもなく、日本人の情けを受け、ようやく食いつないだ
07:54終戦
07:59それは、在日にとって解放を意味する
08:03しかし、母に自由はなかった
08:06無一問になった父が現れ、最終島で出直すと言って聞かなかった
08:13母は、従わざるを得なかった
08:17やがて、祖国は、同じ民族が戦火を交え、安住の地は失われた
08:27日本で暮らすしかないと決意した母は、父の反対を押し切って、再び海峡を渡った
08:35この時、どうしても父が手放さなかった長女と幼女が、最終島に取り残される
08:41一家一産の父が原因だった
08:53現在、私は、新宿で焼肉店を経営している
08:57思えば、私は、一家の長男として、母に大切に育てられた
09:03この店も、元はと言えば、母から権利を譲り受けたものだ
09:07若い頃は、映画の世界に憧れ、日本大学芸術学部に入学した
09:15母が借金をして、全てを苦面してくれた
09:20その後、朝鮮総連の映画制作所に入った私は、高価なフィルムを何とか手に入れ、母の日常にカメラを向けた
09:32そこには、母の苦悩が映し出された
09:38新宿東口
09:42現在のアルタの裏で、母は、雨の日も雪の日も立ち続け、パチンコの景品買いを続けていた
09:50当時、30円で買ったタバコを、34円で売った
09:56その利座屋が、私たちの生活費となる
10:00読み書きはできなくても、暗算は早かった
10:04それが、生きる術でもあった
10:07しかし、同業者が増え始めると、いさかいも始まる
10:11専売法違反の取り締まりも厳しくなり、母は、路上を追われた
10:20新宿、百人町の線路脇にあった和楽を借りた母は、子供たちを引き連れ、ここで景品買いの商売を続けた
10:31貧しいながらも、寄り添い合って生きていた時代
10:38似たような境遇の人たちが、この界隈に集まっていた
10:44妹たちも、学校から帰ると、母の仕事を手伝った
10:51博打好きの父がいないことで、人並みの生活が遅れるようになり、ほんの少し、ゆとりもできた
10:59終戦の年、母空郷で生まれた三女高子は、器量もよく、弟たちの面倒見もよかった
11:10父がいない寂しさはあったが、どうにか、平穏な日々が過ぎていった
11:19日本で生きていくと決意してから、母は、なりふり構わず働いてきた
11:25時に、商売がうまくいかなくなると、妹たちにつらくあたることもあった
11:36そんな中、突然、次女の安子が家出した
11:41私とは、四つ違いの妹で、当時まだ十二歳
11:45書き置きも何も残さず、消息を絶った
11:53母は、打ちひしがれる思いだった
11:56そして、その穴をめようと懸命に働いた
12:00しかし、手広く商売をしていた母は、警察に目をつけられた
12:09専売法違反での逮捕
12:12連行される母の前で、私はなすすべもなく、カメラを回し続けた
12:19新聞にも載った、常習犯として、交流期間は三週間を超えた
12:28面会に行った私は、何度も母に
12:32景品買いをやめてくれと懇願した
12:35涙も流した
12:38それでも母は、非合法の商売をやめようとせず
12:42刑事に脅されても、タバコの下ろし先さえ口を割らなかった
12:47生きるためには仕方がない
12:51食っていくためには、これしかない
12:54すべては、お前たち子供のためなんだと
12:58やつれた母の顔が、私に語りかけていた
13:10あれから、40年余りの時がたった
13:12家出した次女は、未だ消息不明だが、6人の兄弟から20人の孫も生まれた
13:21女の子なの?1人は?
13:26いや、男の子
13:27女の子?
13:28男の子
13:292人とも
13:30いい子持ちだ、着信立てなさい
13:33金よりも子供が大事だよ
13:36あら、可愛いって
13:40可愛いなぁ
13:42ここ
13:45母は現在も新宿でパチンコの景品買いを続けている
13:49今では合法となった商売
13:52結局、母は体を張って、この仕事を守ったことになる
13:57数を数えて
14:01それも美味しい
14:0686歳
14:09若い頃の無理がたたって、体の不調は絶えないが、じっとしてはいられないようだ
14:15今年になって、私の店で事件が起きた
14:22雇っていた韓国人が、不法滞在で警察に捕まったというのである
14:27妹からの知らせに、私は動揺していた
14:31母は、ふんまんやる方ない様子だった
14:37ちょっと無理で、ちょっと待ってて
14:40ちょっと連絡とって、40人連絡とって
14:4340人連絡してたら、しょうがないじゃないの
14:47嫁がそこ行ってるじゃね
14:49今、携帯電話に行って聞いてみるから、ちょっと待ってて
14:52あんた
14:54今、チリサクった
14:57わかんわ
14:58私は行って、刑事に頼んでみたら
15:02何?
15:04向かう人に捕まったらダメだけど
15:07ねえ、私が車乗って行ってみるから、頼んでみるから
15:10頼んで、車庫できるわけないじゃないですか
15:13なんで、お前だけ特別車庫してできるわけな
15:15あんた、私、何人もあの
15:17チョコンチェッシーもみんな、ヨドバシで捕まったのに
15:19ちょっと今、お前、電話してきて
15:21あんたはね、なんで私だけ行ってみる
15:23名前もわかんないの、本人の名前、どうやって
15:27警察の名前、私が書いてくれたらいいじゃね
15:30私が持って行ってんのよ
15:31あんた、あんた、あんた、あんた、あんた
15:34母でも、できることもあんの反対するんだから
15:37ごもりもここに今、いれるのが一緒に
15:40今、こう、焼け肉を
15:42私が先行ってみる
15:44いや、ちょっと、ちょっと
15:46ヨドバシ警察官
15:48母は、いてもたってもいられなかった
15:51私はわかんないかな、私は行かないからもいいや
16:06長年、警察と渡り合ってきた母にとって
16:10ここは、戦いの場であったに違いない
16:13臆することなく向かう後姿を見ながら
16:16私は、かつて、警視庁の前にいた自分に引き戻された
16:24およそ2時間、母は、韓国人の身元引受け人になることで
16:30どうにか身柄を解放させた
16:32これは、私が撮影した映像
16:36時は、1958年
16:38北朝鮮への帰国運動が高まっていた
16:42税金もなく、食べるものによって
16:45地上の楽園と懸念され、一時は、私も真剣に帰国を考えた
16:51しかし、母は違った
16:541958年、北朝鮮への帰国運動が高まっていた
16:59税金もなく、食べるものにも困らない地上の楽園と懸念され
17:05一時は、私も真剣に帰国を考えた
17:09しかし、母は違った
17:13数々の親産を舐めてきた母は、この世に楽園などあるはずがないと切り捨てた
17:19そんな母を尻目に、三女高子は、日本での生活を捨て、帰国船に乗り込んだ
17:31一度、結婚に失敗していた
17:34かの国で、帰国者と再婚したが、その夫にも先立たれたと伝え聞く
17:41どんな暮らしをしているのか、母の辛労は今も尽きない
17:45うまいもん食べる時は、思い出さないと思ってもパッと
17:52あれは、今日は何食べているのかな
17:56そしたらもう、胸がいっぱいで、味がなくなっちゃう
18:02会うこともままならない娘のために、母はこの数十年で膨大な額を北朝鮮に送金した
18:14さらに、血の出るような思いをして稼いだ金を、娘のために良かれと思って寄付してきた
18:21ドラッコ、レンドンフラッコ、これみんな、パス、北朝鮮に、これみんな、私みんな、寄付した金
18:32いっぱいあるよ
18:36これ全部、寄付した時みんなもらったな
18:42かつては、これも、母の誇りだった
18:48これみんな、このふんじゃん、このふんじゃんは、普通じゃないよ、これ
18:53こんなたくさん金、一千万やったり、五百万やったり
18:58もう、私、税金払った残りは、みんな、ここを収めちゃって、何もいま金ないもん
19:04平和になると思って、一生懸命やったわけや
19:07まさか、こんななってる国と知らないから
19:10民族の統一とは、母にとって、家族が一つになることと等しかった
19:19国境や思想など、本当のところは、どうでもよかったはずだが
19:25以前は、北朝鮮の国籍にこだわっていた
19:29早くに朝鮮総連を離れ、韓国の反映ぶりを見て、国籍を変えた私を
19:35母は、民族の反逆者だと罵った
19:44そんな母も、3年前、自ら韓国籍に変更した
19:49時代は変わった
19:50アジアの最後の独裁者が、いつを風呂降りるか、崩壊するから
19:56私は、時折母を訪ね、共に時を過ごす
19:59昔の話になると、母の言うことは混乱していた
20:06私は、時折母を訪ね、共に時を過ごす
20:13昔の話になると、母の言うことは混乱していた
20:19私は、22の日本に収録しました
20:2212年収録は収録しています
20:23収録?収録
20:25この時代は収録されました
20:28収録が今までは収録されているのは
20:30どうしよう、なんで収録されているの
20:32これは、1942年に憲今の法律が
20:35収録されているのは何の法律がないの
20:37収録されています
20:38あの時は、さく自分の生活になります
20:40何か
20:42当時の状況につながる、まさに
20:43今世界の人々が分かってるのは、何を収録されています
20:45うちの息子は悲惨がないの?
20:52息子は悲惨がないの?
20:55何で息子は悲惨がないって言われるの?
20:58金利性万歳しないから
21:00ガチャガチャ言うと、あんたもね、あたし死んだら日本人になって、とんでもないことするなって
21:06人間として生きてくよ。もう国籍関係ないよ
21:10激動の時代に最終堂々日本を行き来し、無語い差別も受けてきた母
21:23日本でしか生きられなかったが、日本を憎んだ時期も長い
21:29衰えた母の記憶を責めてもせんないことだ
21:33私はただただ、切なかった
21:43この時、私の体には異変が起きていた
21:48これまで母には病院での検査の結果を隠してきたが、もはや抜き差しならないところまで来ていた
21:59おうれー、寝てたの?
22:07いや
22:09今朝電話で話したより大事な話があるんだよ
22:14ちょっと起きて
22:16何も大事な話
22:19あらも聞こえている
22:22これ、俺の左の平民君にとっては悔しい
22:29でも、寝てたよ
22:31でもね、天国に見て揺すると
22:33日本が検査のあることだ
22:36それが何だよ
22:37何だよ
22:39何だよ
22:40何だよ
22:42何だよ
22:44ちんな家に行った
22:47何だよ
22:49ああああああああああ 胃がんの手術が迫っていた
23:08しかし病の恐怖よりも母を残して死ぬかもしれないという罪悪感が 私を苦しめていた
23:19がんに侵された私の胃は 手術で全て摘出された
23:28頑張ったね 手にもなくて
23:35風邪いかないようにしてね これから風邪いかないようにしないと
23:41思うのが元気だ 食べられるもん食べられるし
23:45そうだよ これからはね
23:47もう食べられるもん でも私は本当にこんな元気になると思わなかった
23:52びっくりしちゃってね
23:54それが俺ね 今度は小屋に行ってはっかにね
24:00いや 手術でやって持ってきていけない
24:04しょうがないよ もうみんなねちゃんとやってくれるから
24:08心配ない
24:10だから春晩春晩ね 心配しなさいね
24:13心配で もう絶対心配しないで 大丈夫だよ
24:16大丈夫だよ だけども頑張って
24:18今まで頑張ってきた 食べ物に手避けてね
24:24死を間近に感じた時 私は家族との幸せなひと時を思い浮かべていた
24:31私には妻と3人の子供がいる
24:35何よりも大切な 血のつながり
24:39新宿で暮らし始めて3年目 父が西州島から密交してきた
24:49女を作っては 幕地に明け暮れていた父だが
24:54母は嬉しそうだった
24:59しかし それもつかの間
25:02西州島の家や田畑も 幕地で失っていた父は
25:06母の稼ぎを見ると また悪い虫が疼き始める
25:12女と幕地の繰り返し 母はその都度泣き叫び
25:18父を繋ぎ止めようとした
25:21稼ぎのない父は 母の金にすがりながら
25:24また別の女に走っていった
25:27私ね あまりケースしないから
25:30旦那に振られてるのかなと思って
25:33ケースいっぱい買ったの
25:36買ったら みんな金筋でみんな壊しちゃった
25:42父は母の金で 女に化粧品を買い与えていた
25:48それが母には許せなかった
25:51思いは踏みにじられる一方だった
25:56やがて父が日本人の女に子供を作らすと
26:00母の心は冷め切った
26:04二人の寄りは 最後まで戻らなかった
26:10晩年 女とも別れ 生活保護を受けていた父は
26:15私にすがってきた
26:17それを知った母が怒り
26:19私は板挟みにもなった
26:22そんな父も13年前
26:24アパートで一人息を引き取った
26:31誰にも見取られず この世を去った父
26:34その葬儀代を私は
26:36母に出してくれるよう頭を下げた
26:39母は渋々したかった
26:4330円の値持ちもない奴を
26:45300万円出して燃やしたんだ
26:49うちの息子は
26:50それがみんな私の金を使った
26:52俺は死んだら あの人間のお墓には行かないから
26:55どうして?
26:56行かないよ あんたに
26:5812回も振られたのに
26:59なんで私があの男に
27:01私が死んで一緒に
27:03あのお墓の中に入るの?
27:05でもほら子供8人も作って
27:07愛した時期もあったんでしょ?
27:09とんでもないよ
27:10今子供がやることだから
27:13私が反発したら
27:15もうどうにもならないし
27:16朝鮮人はこれがうるさいんだ
27:21父のことになると13年経っても
27:24母の恨み節は収まらない
27:26おそらく生涯続くだろう
27:29愛が深かった分
27:31憎しみも大きい
27:33私はそう信じている
27:36えぇ、きれいよ
27:38うん
27:40でも大術ですね
27:41今日の男はどうして?
27:43いやぁ、じゃあまぁ良かった
27:46もう、治ってる
27:48術後の経過は良好だった
27:50再発の恐れはあるものの
27:52私はどうにか日常生活に戻ることができた
27:59一家の課長になり
28:01歓励も過ぎた今
28:03私は父と母の人生を振り返り
28:06自分の行く末を考えていた
28:09父の生前
28:15母は、ある男と同棲したことがある
28:19その時のことを問いだらすと
28:21母はこう答えた
28:23私だって生身の人間だ
28:27あなたの母親であることも一つの生き方だが
28:32もっと別の生き方があったかもしれない
28:401964年
28:43思いもよらぬ知らせが入った
28:45密交者や避難民を収容していた
28:48長崎の大村収容所に
28:51最終刀に残された四女が留置されたというのや
28:55母にとっては2歳の時に別れて以来
28:5912年ぶりの再会だった
29:02四女、四隅
29:06会った瞬間
29:08互いに顔もわからなかったが
29:11足のほくろで本人と確認できた
29:14家族を取り戻した安堵館から
29:17母は涙が止まらなかった
29:19四隅は日本に渡った父を追って
29:27密交線に乗り込んだ
29:28この国に来れば
29:31父と母がいて幸せに暮らせると信じていた
29:34しかし現実は違った
29:37かれこれ40年
29:45四隅もこの新宿で信仰を共にしてきた
29:49兄弟の中で最も父を慕っていた妹だが
29:54すでに父は女の元に行ったきりだった
29:57すぐに母の仕事の手伝いを始めた
30:01そして今もパチンコの景品買いを
30:05母から任されている
30:07思えば一番母親にの妹かもしれない
30:12もう今は時代が良くなって
30:14すっごいお森には感謝してますけど
30:16ずいぶん口では言えないけど
30:19恨んでましたよ
30:20最初はね
30:21最初は
30:22うゆめこんなに抱いてきたのにね
30:24来てみたら肝心なお父さんがいない
30:26家はバラバラ
30:27もうお母さんはもう5年来て
30:29カリカリカカカカカカカでしょ
30:31病気抱えてね
30:33もうほんと今だから言うけど
30:35ヨドバシ警察は何回も私一人で行きましたよ
30:38韓国に返してくれって言おうと思って
30:40そう
30:41だけど言葉が分からないからね言えないの
30:44西州島にいる長女
30:48家出した次女
30:50北へ渡った三女
30:52結局女兄弟で四筋だけが母の元に残った
30:58京浜街の上がりを母に届けるのも四筋の役目だ
31:14年金のない母にはこれが唯一の収入となる
31:19母は今では私より四筋に頼り切っている
31:24やることは全部きちっとやることはこの娘がやってる
31:29息子は気がちっちゃくてダメ
31:32もう噂すれば来てる
31:35笑
31:36俺もさっき出ましてよ
31:38僕が出てるからまた券売って
31:41バッタリ一通貼っちゃったもんな
31:43なんで寝てるんですか?具合悪いの?
31:46風呂入って
31:47あ風呂入ったの?じゃあ快適じゃん
31:49あんたの父のね冊子もみんな取ったよ
31:5430円のね冊子も1円のね冊子もないのに300円もかけて葬式して
32:01もう仏なったんだから罰当たるよ
32:05罰当たるよ仏なった人は神様になったんだから
32:08いいのでもお互い愛情になって一緒になって頑張ってやってきたんだから
32:13何よもう
32:14私が子供のために頑張るだけで
32:17おもねたちは頑張ったから子供達が生きてるんじゃない
32:23やっぱりねお父さん亡くなった後ね
32:28兄さんも大分考えが変わったみたい
32:31お母さんにだって結果の原因はいつもお父さんだったからさ
32:34もういないでしょ
32:36でやっぱり父を亡くして
32:38家そばにいて焼いて色々見て
32:40兄さんもやっぱり考えがあったんでしょうね
32:43それからお母さんとすごくこう
32:46仲良くなって
32:48お父さんがあの世で守ってくれてんじゃないかな
32:52父の13階級を前にして私は母を墓参りに誘っていた
33:01しかし母は
33:03堅くなに拒み続けていた
33:05お父さんの別れたお父さんの墓参りに孫博と明日
33:12明日?明日は法事なの?
33:15法事じゃなくて墓参り
33:17墓参りに行くの
33:18誰が行くの?
33:19息子と孫
33:21わぁ知らん
33:23あんたにうちの息子一緒にお墓参りに行くの?
33:26とんでもない
33:28僕が行ってくる?
33:29うん
33:30そんなね
33:31この映画や言って私がお墓参りに行くんだったら
33:34映画しなくてもいい
33:36どうせいなくなった人間だから
33:38息子と永遠来るから言って
33:41うん
33:44寝るよ
33:45はい
33:46よし
33:47うん
33:52あぁ
33:53終わった
33:55今日は終わった
34:03晩年父が可愛がっていた私の息子と墓参りに向かった
34:08やはり母は来てくれなかった
34:11これまで一度も母は父の墓参りに手を合わせたことがない
34:17この先
34:21在日三世の息子たちに守ってもらうために
34:24私は東京の郊外に墓を建てた
34:28今は父だけがここに眠っている
34:37お前強くかけないで
34:39さぁ
34:40頭下げて
34:41はい
34:47将来西州島に
34:58あの
34:59おじいちゃんおばあちゃんも
35:01今は母が許さないから
35:02あるけど
35:03私は母がなくなりゃもう
35:06あの西州島からね
35:07遺骨持ってきて
35:08こちらに埋葬しちゃうと
35:15あの世に行ってまで
35:16私は父を一人にしておきたくなかった
35:22一方、母の関心は孫たちに向いていた
35:26お外にお客さん LEE
35:43それは母の顔に漂亮
35:47どうですか?
35:50お酒飲んだけど
35:52おでん屋さん、おでん屋さん?
35:57酒飲ませたら困るよ
36:00困る?
36:02酒飲むしと嫌い
36:04酒と煙草は沢山だよ
36:16コクソしたらあげて
36:18もういいの?
36:22母が背負ってきた苦労を
36:24本当の意味で若い世代が理解するのは
36:27難しいことかもしれない
36:30それでもこうして触れ合うことで
36:32母の血に流れる激しい何かが
36:35伝わっていくのかもしれない
36:38母が生きた証として
36:42おばあちゃん、この20年変わった?
36:44変わったって?
36:45いや、もう昔はもっと元気だったし
36:47怖かったけど
36:48もっとすごかったの?
36:49もう全然すごかった
36:51毎日怒鳴りっぱなし
36:53昔の人だから
36:59そんな時代じゃないのにって思うこともあるけど
37:02でも
37:03やっぱ
37:05おばあちゃんの中では
37:06おばあちゃんの
37:07時間が回ってるから
37:09子供たちを抱え
37:13今を生き抜くために
37:15がむしゃらに働いてきた母
37:17母
37:18腹に飛んだ半生も
37:20峠を越してみると
37:22穏やかなものに感じられるのだろうか
37:25母はこの頃
37:27やたらと昔を懐かしむ
37:30会いたい人もいるようだ
37:33私は
37:34私は
37:35そんな母の思いを
37:36叶えてやりたかった
37:41夏の休日
37:43私たちは
37:44千葉県
37:45南房総の運命へと向かう
37:4812歳で日本に渡った母は
38:01縫製工場の住み込みで働きながら
38:04夏の愛だらけ
38:05雨として海に潜っていた
38:08南房総には
38:10思い出深い街がある
38:15千葉県 恵美
38:17当時世話になった人を探す
38:20何か覚えてる?
38:21知らない人でもね
38:22頭
38:23教えてくれるんですよ
38:24あの
38:25金南さん
38:26金南さん知ってるんだって
38:27知った
38:28金南さんも亡くなったの?
38:29亡くなったの?
38:30若い人なの
38:31若い人
38:32うんうん
38:33こっち 主に主に
38:34こっち こっち
38:36金南さん
38:37はい
38:38もう突然すいません
38:40お客さん
38:41東京から来たんですけどね
38:43うちの母なんです
38:4472年前にここで甘さんやってたの
38:46両親の写真があります
38:48間違いない
38:49間違いない
38:50間違いない
38:51間違いない
38:52これがおじいさんだね
38:53ああ
38:54あじょし
38:55なおらすみだ
38:56おばちゃん
38:57ほんと助けてくれて
38:59私探してきたら
39:00生きたと思って探してきたのにね
39:05間違いないんだって
39:06あいごー
39:07いやあじょし
39:08間違いない
39:09うん
39:11うーん
39:12うーん
39:13いやあまた一番のって
39:14今来た
39:15一番着物を一番払っちゃい
39:17うん
39:1870年以上も前の話
39:21それでも
39:23とめどなく記憶がよみがえるようだ
39:26母が8歳の時に亡くなった私の祖母も
39:38西州島で雨をしていた
39:41この町での仕事は
39:43母にとって懐かしいものだったに違いない
39:46海は遥か彼方でふるさととつながる
40:01海は遥か彼方でふるさととつながる
40:05突然母が海に入ると言い出した
40:22ここは波が怖い
40:25私にはこの海に潜っていた頃の母の姿は想像つかない
40:40祖国を飛び出した十代
40:43異国の地に求めたものは70年経った今
40:48果たして手にすることができたのだろうか
40:52ささやかな私の親孝行
41:07母はもうこの海に思い残すものはないだろう
41:13この50年、母には心に残るしこりがある
41:2112歳で家出した次女安子のことである
41:26今、改めて失踪お届けを出すことで
41:30母は気持ちの整理をしようとしていた
41:34金安子さん、この方の何か外人登録書番号とか
41:39何か分からない?
41:41ちょっと待って
41:42家出た時にね、後夜警察に届き出してある
41:46まあまあそれはしかしもう昭和53年のことの話ですか
41:51私と4つ違いで最も近しい妹だった安子
41:58母は何度か占い師にも消息を訪ねていた
42:03家族が一つになること、それが母の願いだ
42:12家族が一つになること、それが母の願いだ
42:30この日は、そんな母が待ち望んだ祝い事がある
42:35久しぶりに一族が集まる晴れの日
42:43入念に化粧を施しめがし込む
42:47今年24歳になる私の娘の結婚に
42:51母はいつになく浮かれていた
42:54ほどこない、ほどこない、ほどこない
43:00花向子は娘と同じ在日三世である
43:04アーメン
43:31私は、どうにか願望を克服して
43:37母と共にこの場に立ち会えたことを
43:40心から神に感謝している
43:43その思いは、母も同じはずだ
43:49私たち在日は、民族の分断もない
44:01この国に根を下ろした
44:04今ある幸せは、母たち異性の苦労の上にある
44:10甘さか今ね、結城を商品にしてくれよ
44:17笑い開きながら泣くんじゃないよ
44:23この方がいいね、ありがとうございます
44:34主に面と向かって言うのは照れくさいけれど
44:48私たち兄弟は心から感謝しています
44:53家族のためになりふり構わず生きてきたあなたの反省
44:57この先あなたが亡くなってもその苦難の道を私は決して忘れません
45:06目線を押さないようにこちら見てください
45:10はいもう一度取ります
45:13おばあちゃまもこちら見てください