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今を頂く (2025-06-25)
Wagakokology-Jp
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一昨日
今朝教えて頂きますことは、今を頂く、と言うことです。師匠大坪総一郎師は、今を喜ぶ、と教えて下さいました。昨日は、私の今を喜ぶ、と頂きました。なるほど今を喜びで受けることが出来たらこれほど有難いことは有りません。が、中々喜べません。けれども取り敢えずは、今を頂くと言うことから始めようと言うのです。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
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動画のトランスクリプション全文を表示
00:00
ごしんくん
00:10
一つ
00:11
影と日向の心を持つなよ
00:14
自然の働きほど正直で間違いのないことはありません
00:23
その働きを神の働きといただくところに
00:28
愛楽理念の根本があります
00:30
自然の働きの中には
00:33
絶えなるまでのリズムがあります
00:35
そのリズムに乗っての刻々であり
00:38
日々であります
00:40
影日向の心など持ついとまがありません
00:44
自然を大切にすることは
00:47
自然を生かすことになります
00:50
自然を大切にすることは
00:57
自然を生かすことになります
01:00
また
01:02
師匠大坪総一郎氏の見教えに
01:07
神を殺して我を生かすか
01:12
我を殺して神を生かすか
01:16
というのがありますね
01:19
これがその内容というのでしょうか
01:26
まあ表現で言えば別の表現のようにありますが
01:29
みんなつながっているような感じがいたしますね
01:34
それは自然というところを成り行き
01:38
あるいは神というところを成り行き
01:42
と変えてみると
01:45
同じであることが分かりますね
01:49
成り行きを大切にする
01:52
ということは
01:53
成り行きを生かすことだと
01:57
まあまた
02:03
成り行きを殺して
02:06
我を生かすか
02:08
我を殺して
02:11
成り行きを生かすか
02:13
ということでもありましょうね
02:16
そこには成り行きというものが
02:20
神様のお働きである
02:21
というそのことが
02:24
根底にあるわけですね
02:26
その自然の働きそのものが
02:30
神様のお働きである
02:32
ということが根底にある
02:35
その
02:36
その働きを
02:39
神の働きといただくところに
02:43
愛楽年の根本があります
02:45
とも教えておられます
02:48
その働き
02:51
まあ私どもの身の上に起きてくる
02:53
さまざまな出来事
02:55
それを神の働きといただく
02:58
まあ見るというのでしょうか
03:01
いただく
03:01
まあいただくですね
03:02
その働きを
03:06
神様のお働き
03:08
といただくのが
03:11
愛楽年の根本だと
03:13
この辺も大変
03:17
微妙なところが
03:19
ありますけれども
03:21
実を言いますとね
03:25
神様の
03:29
お働きだから
03:30
そこに
03:32
込められた
03:34
お働きの意味
03:36
どういう
03:37
お働きなのか
03:38
ということが
03:41
まあ
03:42
分かっていかねばならない
03:44
というのですけれども
03:45
何もかにもが
03:48
神様のお働きだ
03:50
として
03:51
いわば
03:52
勘ながらというのでしょうか
03:54
として
03:55
いただいていく
03:56
ということでは
03:58
ないのですね
04:00
黙って
04:02
おさめ
04:02
ということを
04:03
師匠は
04:04
教えてくださいますが
04:05
まあ
04:06
愛楽年の
04:07
大切な教えの
04:08
一つですけれども
04:09
その
04:13
黙って
04:14
おさめ
04:14
ということに
04:15
おいても
04:17
こんなことは
04:21
黙って
04:21
おさめてはいけない
04:22
そんなことまでも
04:24
黙って
04:25
おさめる
04:25
ということではない
04:26
というような
04:29
ことが
04:30
あるのですね
04:31
だから
04:33
この辺のところは
04:35
微妙なところですけれども
04:37
そういうものが
04:39
いわゆる
04:41
師匠の
04:42
五十義
04:43
おつぼ
04:44
総内上司の
04:45
五十義
04:46
というものが
04:47
わかりませんと
04:49
その
04:49
微妙な
04:51
ニュアンスが
04:52
わからない
04:53
その
04:55
微妙な
04:56
ニュアンスを
04:57
表現するものが
04:59
五十義
05:00
というものかもしれませんね
05:02
例えば
05:06
そうですね
05:08
何事も
05:13
神様の
05:14
お働きだ
05:15
と言われるから
05:17
例えば
05:18
おしゅうりが
05:19
来る
05:20
おしゅうりが
05:21
来た時でも
05:22
その
05:23
これも
05:25
なりゆきだから
05:26
と
05:27
おしゅうりの
05:28
その品物を
05:29
買わなければ
05:30
ならないのか
05:31
というと
05:33
そうでは
05:34
ありませんね
05:35
なりゆきの
05:37
いただき方
05:37
というものが
05:38
あります
05:39
その
05:42
確かに
05:44
師匠は
05:45
4年半の間
05:46
受けに
05:47
受けに
05:48
受け抜かれた
05:49
そして
05:50
その4年半が
05:51
その受けるという
05:54
修行が
05:55
貫かれて
05:57
こられた
05:58
そして4年半たって
05:59
これはもう
06:01
あまりものことであるから
06:02
これからは
06:04
赤い
06:06
枯れた葉や
06:07
泥のついた
06:08
赤い枯れた葉は
06:09
取って
06:10
泥のついた
06:11
猫の
06:13
ジャキジャキした
06:13
猫は
06:14
きれいに
06:15
水で洗って
06:16
おいしく
06:18
いただけるところ
06:19
いわゆる
06:19
持音になるところ
06:21
だけを
06:22
いただいていけと
06:23
いう
06:25
ほうれん草の
06:26
お幸せを
06:27
いただいておられますね
06:29
ですから
06:30
そこに至るまでは
06:32
どんなものでも
06:33
一切合切を
06:35
いただいてこられた
06:36
しかし
06:38
そこを
06:38
境にして
06:39
これはやはり
06:41
人間として
06:42
ということでしょうかね
06:44
生身の
06:45
人間として
06:46
まあ
06:48
いただいては
06:49
いただく必要のないもの
06:52
というものも
06:53
あるわけですから
06:54
この辺は
06:56
なかなか
06:57
言葉では
06:58
表現が難しいですね
07:00
師匠の
07:02
生きられ方を
07:03
見ながら
07:04
その
07:04
五重義
07:05
ここは
07:07
いただく
07:07
いただかなくても
07:09
良いところだな
07:10
ここは
07:11
いただかねば
07:12
ならないところだなと
07:13
実際
07:15
全てを
07:16
いただくということに
07:17
違いありませんけれども
07:19
いただかなくても
07:21
良い
07:22
いや
07:22
いただいてはいけない
07:23
という
07:24
なりゆきも
07:24
あるわけですから
07:26
これは
07:27
神様の一つの
07:29
お試しでも
07:30
あろうかと
07:31
思いますね
07:32
それが
07:33
私どもが
07:34
真というものが
07:36
しっかりして
07:37
おりませんと
07:38
その真が
07:39
いわゆる
07:40
どどるというのですよか
07:42
どどっておりますと
07:44
これは
07:45
受けるべきなのか
07:46
これは
07:46
受けてはいけないのか
07:48
と
07:49
なりゆきの受け方で
07:50
迷うことが
07:51
あります
07:52
迷ったときには
07:57
どちらを選択するか
07:59
迷ったときには
08:00
自分にとって
08:02
都合の悪い方
08:03
これは困ったことだな
08:05
主要だな
08:06
嫌だな
08:07
と思う方を
08:09
取っていった方が
08:10
いいよとは
08:11
教えてくださいますけれども
08:13
その
08:17
私どもが
08:19
いわゆる
08:20
あまりにも
08:22
同時というのでしょうか
08:25
同時に
08:25
かなったことだけ
08:27
理に
08:28
かなったことだけ
08:29
これが
08:30
その
08:31
合点が
08:31
いかないから
08:32
これは
08:33
受けない
08:33
これは
08:34
不条理だから
08:36
受けない
08:37
同時に
08:38
合わないから
08:39
受けない
08:40
というような
08:41
選択肢を
08:42
してしまいがち
08:44
ですけれども
08:44
やはり
08:47
その根本は
08:48
受けて受けて
08:49
受け抜く
08:50
ということに
08:51
あるわけですね
08:52
しかし
08:53
これは
08:54
これは受ける
08:55
必要のないものだ
08:56
いや
08:57
受けては
08:57
ならないものだ
08:58
というものも
08:59
中にはあるわけ
09:01
ですけれども
09:01
そこの
09:02
選挙願
09:03
というものを
09:05
これは
09:06
稽古の中で
09:08
師匠なら
09:09
どうされるだろうか
09:10
というところでしょうかね
09:12
そういう考えを
09:14
持って
09:15
見ていかねば
09:16
なりませんね
09:17
その
09:20
いただく
09:20
ということについても
09:22
昨日
09:23
少し
09:24
お話しさせて
09:24
いただきました
09:25
今を喜ぶ
09:27
ということが
09:28
ありますが
09:29
なるほど
09:30
今を
09:31
ありがたく
09:32
喜びで
09:33
受け入れることが
09:34
できたならば
09:35
これほど
09:35
ありがたいことは
09:37
ない
09:37
問題は
09:38
ないのですけれども
09:40
なかなか
09:42
中には
09:43
受け入れ
09:43
られないような
09:45
こんなことまで
09:46
どうして
09:48
こういうことが
09:49
それこそ
09:50
信心するのに
09:51
どうして
09:51
こういうことが
09:52
と
09:53
人間の
09:54
頭で
09:55
考えても
09:56
わからないような
09:57
人間の
09:58
情では
09:59
とても
10:00
いただききらないような
10:02
ことが
10:02
起こって
10:03
くることが
10:04
あります
10:04
そういう
10:08
時でも
10:09
これは
10:11
師匠が
10:12
説かれるのは
10:13
泥の心
10:14
ですから
10:14
泥の心
10:16
というのは
10:16
まずは
10:17
天の心
10:18
地の心
10:18
地の心
10:19
大地の心
10:21
まずは
10:22
受けるということ
10:23
ですから
10:23
受けて
10:24
受けて
10:25
受け抜く
10:25
そのどんな
10:27
汚いものでも
10:28
受けて
10:28
受けて
10:29
おしっこだろうが
10:31
大弁だろうが
10:33
糞尿を受けて
10:34
それを
10:35
心の
10:36
根肥やしとしていく
10:37
そして
10:38
そこに
10:39
豊かな
10:39
花を咲かせ
10:41
実が
10:41
実るような
10:42
心を
10:42
育てていくのだと
10:44
いわば
10:44
自らの
10:46
心を
10:46
育てることのために
10:48
私どもの
10:49
身の上に
10:50
起きてくる
10:50
事柄を
10:51
いただいていく
10:52
わけですけれども
10:53
それが
10:54
もし
10:54
そこに
10:55
喜びで
10:58
受けることが
10:59
できたら
10:59
まさに
11:00
心に
11:01
花が咲いた
11:01
ということになるのでしょうが
11:04
そこまでは
11:04
なかなか
11:06
到達するのには
11:07
時間が
11:08
かかります
11:09
なかなか
11:10
喜びで
11:11
受けきれませんね
11:12
そこの
11:15
手前のところに
11:16
今朝
11:17
いただきますのは
11:18
今を
11:20
喜ぶ
11:21
ということの
11:22
前に
11:23
今を
11:24
いただく
11:25
という
11:25
精進を
11:26
しなければ
11:26
ならない
11:27
その
11:29
今を
11:30
いただく
11:30
ということですね
11:32
今
11:33
私どもの
11:34
身の上に
11:34
起きてきている
11:35
様々なことから
11:36
それを
11:37
それこそ
11:39
神様の
11:40
お働きとして
11:41
いただいていく
11:42
この
11:44
その
11:45
働きを
11:46
神様の
11:47
お働きと
11:47
見る
11:48
神様の
11:49
お働きと
11:50
いただく
11:50
そして
11:52
神様の
11:53
お働き
11:54
神様の
11:55
願いが
11:56
かけられた
11:56
こととして
11:57
その
11:58
事柄を
11:59
いただいていく
12:00
今を
12:02
いただく
12:03
ということなの
12:04
ですね
12:05
その
12:06
今を
12:07
いただく
12:08
という
12:08
稽古の
12:09
積み重ねの
12:10
中に
12:11
あれも
12:14
おかげで
12:15
あった
12:15
これも
12:16
おかげで
12:16
あった
12:17
ということになって
12:18
くる
12:19
そうなって
12:19
初めて
12:20
今を
12:21
喜んで
12:22
いただけるような
12:23
心も
12:24
育ってくる
12:26
ということになりますが
12:27
まずは
12:28
今を
12:29
いただく
12:30
という
12:30
信心
12:31
これこそ
12:33
まさに
12:34
泥の
12:35
心の
12:35
信心
12:36
でも
12:36
ありましょう
12:37
ね
12:37
その
12:39
表現を
12:40
泥の
12:41
心と
12:41
表現
12:43
できる
12:44
のでしょう
12:44
その
12:46
泥の
12:46
心の
12:47
表現を
12:47
変えれば
12:49
今を
12:50
いただく
12:50
ということにも
12:51
なりましょう
12:52
今を
12:54
いただく
12:54
ことから
12:55
さらに
12:55
そこから
12:56
自らの
12:56
心を
12:57
育てていこう
12:58
というのが
12:58
泥の
12:59
心ですから
13:00
泥の
13:00
心の
13:01
方が
13:01
もう一段
13:02
深いことには
13:03
なりますけれどもね
13:05
そして
13:07
その
13:07
今を
13:08
いただく
13:08
なぜ
13:10
今が
13:10
いただけないか
13:12
そこは
13:14
私どもに
13:16
画像が
13:17
あるからです
13:17
画像が
13:18
あるからです
13:20
ああ
13:20
したい
13:21
こうしたい
13:22
ああ
13:22
あってくれ
13:23
こう
13:23
あってくれ
13:25
という
13:26
画像が
13:27
あり
13:28
画欲が
13:28
あるから
13:29
今を
13:30
いただけない
13:31
今を
13:32
いただけない
13:32
もとは
13:33
画像
13:34
画欲だと
13:35
ですから
13:37
この画像を
13:38
取り
13:39
画欲を
13:40
外す
13:40
というのでしょうか
13:41
画像
13:42
画欲を
13:43
外す
13:43
ということだと
13:44
師匠は
13:45
画像を
13:46
沈め
13:46
画欲を
13:47
コントロールする
13:48
と教えて
13:49
くださいますが
13:50
まさに
13:51
私どもに
13:52
画像
13:53
画欲が
13:53
あるから
13:54
その
13:55
今を
13:56
いただくことが
13:56
できない
13:57
今を
13:58
いただく
13:59
という
13:59
信心の
14:00
前には
14:00
画像を
14:01
外す
14:02
画欲を
14:03
外す
14:03
稽古が
14:03
いるということになりますね
14:05
そして
14:08
それは
14:08
どこから
14:09
稽古させて
14:10
いただくのか
14:10
それは
14:12
やはり
14:12
私どもの
14:13
身の上に
14:13
起きてくる
14:15
成り行きです
14:15
成り行きこそ
14:17
成り行きこそは
14:19
神様の
14:19
お働きと
14:20
私どもの
14:22
画像を
14:23
外す
14:24
画欲を
14:25
取る
14:26
稽古を
14:27
させてくださる
14:28
その成り行きを
14:29
通して
14:30
稽古を
14:31
させてくださる
14:32
その成り行きを
14:34
神様の
14:35
お働きとして
14:36
そこに
14:37
稽古を
14:37
していくときに
14:39
神様の
14:40
お働きを
14:40
お働きと
14:41
感じさせる
14:42
働きがある
14:43
ですから
14:47
成り行きを
14:48
大切にする
14:49
尊んでいく
14:51
という
14:51
稽古を
14:52
させていただく
14:53
中に
14:54
私どもの
14:55
心が
14:56
だんだん
14:56
育ってくる
14:58
そして
14:58
本当に
14:59
今を
15:00
いただくことが
15:01
できるようになる
15:02
その
15:03
新人の
15:03
積み重ねによって
15:04
さらに
15:05
今を
15:06
喜ぶ
15:06
ということも
15:07
できるようになる
15:09
そして
15:10
今が
15:11
喜ぶということは
15:12
柔らぎ喜ぶ
15:13
心の
15:14
我の心ですから
15:15
火にも
15:16
焼けない
15:17
水にも
15:18
流されない
15:19
我が心という
15:20
ものが
15:20
そこに
15:22
形作られて
15:24
くる
15:25
ということにも
15:26
つながって
15:27
くるわけですね
15:28
教えてくださる
15:32
その
15:32
教えの
15:33
すべてが
15:34
これは
15:35
どういうのでしょうかね
15:39
不思議に
15:41
つながっている
15:42
ものなのですが
15:43
その
15:44
つながりようが
15:45
わかると
15:45
教えが
15:47
明瞭になってきますね
15:49
簡単です
15:51
明瞭です
15:51
ということになってきます
15:53
その
15:54
明瞭になってくると
15:57
教えを
15:57
行じるということも
15:59
簡単になる
16:01
そして
16:02
そこに
16:02
おかげが
16:03
確かです
16:04
という
16:04
働きも
16:05
そこから
16:06
またさらに
16:07
受けられるようにも
16:08
なってくるもの
16:09
なのですね
16:10
まあ
16:13
とりあえずは
16:15
今を
16:15
いただく
16:17
という
16:17
信心の
16:18
傾向を
16:19
させていただく
16:21
ということになりましょうかね
16:23
どうぞ
16:24
よろしく
16:24
お願いいたします
16:26
ありがとうございます
16:28
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16:29
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