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  • 2025/4/30
<2006年9月3日(日)深夜1時40分~2時35分放送>
 日本から南へ5000キロ、太平洋に浮かぶニューブリテン島北端の町「ラバウル」。現在は、パプアニューギニアの領土だが、第二次世界大戦中は、日本の占領下に置かれていた。しかし、61年前の敗戦を機にこの町は、進駐してきたオーストラリア軍による戦犯裁判所が置かれ、多くの日本兵が処刑される場所と化した。
 帰国を目前に控えていた日本兵に突然ふりかかった戦犯裁判。容疑の多くは、捕虜の虐待・殺人だった。この緊急事態に、自らの意思でラバウルに留まり、部下の身代わりになろうとした一人の軍司令官がいた。その人物の名は、元陸軍大将、今村均。当時、陸軍大臣から首相になった東条英機や板垣征四郎などの陰に隠れた存在であったが、ラバウルの軍司令官として、7万人の部下を率い、現地での自給自足生活と巨大な地下要塞を作り、連合軍の攻撃をあきらめさせたという人物でもある。
 しかし、今村を語る上で、見逃せないのが戦後の生き方である。今村は、戦犯裁判が始まろうとしていたまさにその時に、オーストラリア軍に対して激しく抗議を開始する。「部下を裁くなら、最高責任者である自分を裁け」と。そして、今村は自らも戦犯収容所に入り、部下を救済しようとオーストラリア軍との交渉を連日繰り返し、自らも裁判にかけられる。
 日本に帰国後の今村は、表舞台に出ることはなかった。かつての部下たちを訪ねる全国行脚を繰り返す一方で、自宅では、はなれに建てた三畳一間の小屋に自らを閉じ込める。
 死を迎える直前まで、自らの「責任」を問い続け、行動し続けた今村均。9月3日(日)放送の第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『責任~ある元陸軍大将の戦後~』(フジテレビ制作)<深夜1時40分~2時35分>では、今村の戦後の生き方をかつての部下の証言や手記などを手がかりに、トップに課せられた「責任」とは何かを考える。

<取材のきっかけ>
 今村均をあえて番組の主人公として取り上げることにしたのは、単に戦争を生きた一人の日本人を描くだけのものではなく、日本の社会に生きる私たちにとって「責任」とは何か、あるいは、不測の事態が起きたときに組織における「トップ」は何をしなければならないのかを痛烈に問いかけてくれる人間であったからである。
 2006年、日本。企業のトップや政府の責任が問われる事件が相次いで起きている。最近の例でいうと、JR西日本の脱線事故やパロマのガス死亡事故におけるトップの「責任」のありかた、ドミニカ共和国の移住問題における日本国としての「責任」のありかた、さらには、村上ファンドをめぐる日銀の福井総裁の進退問題など今の日本を語る上で欠かせないキーワードが「責任」であると考えた。「責任」の意味を視聴者の方とあらためて共有したいと思い、あえて歴史上の人物の生きかたにスポットを当てることにしたのである。責任ある立場に置かれたトップやリーダーは、問題が生じたときに、まず何をすべきなのか。どうすれば責任を果たしたことになるのか。元陸軍大将・今村均の生き方は、まさに「責任」と向き合い続けた人生だった。

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