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  • 2025/6/16

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ニュース
トランスクリプション
00:00ビルをかすめるように降下する飛行機
00:16香港アプローチ
00:21香港は世界で最も着陸が難しい空港と言われた
00:30東京都の面積の半分の土地に
00:34世界最大の数百という超高層ビルが隣立する
00:39香港ならではの光景だった
00:511959年
00:53一人のイギリス人作家が香港を訪れた
00:56映画007シリーズの原作者
01:02イアン・フレミングである
01:03香港は私がかつて見た中で最も活力があり
01:12人を奮い立たせる都市だ
01:14まるで劇場のような東洋の情景の中に
01:20現代の快適さが享受できる
01:25わずか数マイルの場所に
01:276億5000万の共産主義者がいるという事実も
01:33この植民地の刺激的な生活に味わいを加えている
01:38これはイギリスの王族の訪問を歓迎する
01:44香港の人々の映像
01:4619世紀半ば
01:56イギリスの植民地となった香港
01:59人口6000の小さな漁村は
02:04150年後
02:06600万の国際都市へ変貌を遂げる
02:11中国本土で戦乱や政治的危機が起こるたび
02:22無数の人々が香港に逃げ込み
02:24世界のどこにもない光景を作り上げた
02:28マクツと呼ばれた巨大スラム
02:41港に浮かぶ数千の水上生活者の船
02:58100万ドルの夜景
02:59東洋と西洋
03:07近未来と全近代が目まぐるしく工作する都市
03:11香港
03:12イギリスが植民地統治に当たって持ち込んだルールは
03:19自由
03:20しかしそれは
03:22いつか中国に返還される
03:25紀元付きの自由だった
03:271940年代香港で暮らした作家
03:33ハン・スウィンはこう言い表した
03:36互いにいがみ合い
03:42敵視し合う列強勢力の圧迫を受けながら
03:45香港はその狭苦しい領土
03:48借り物の場所
03:52借り物の時間の中で
03:54不可解な共存を見事に作り上げてきた
03:57映像の世紀
04:06バタフライエフェクト
04:08巨大国家
04:11中国の存在に怯えながら
04:14束の間の自由を追い続けた都市
04:16香港100年の記録である
04:19100年前の香港屈指の大富豪の金婚式の映像が残されている
04:43ロバート・ホートン
04:52オランダ商人と中国人女性との間に生まれ
04:56貿易業で莫大な富を成し
04:59東洋と西洋を結ぶ国際人として活躍した
05:03ホートンは香港最大の慈善家でもあった
05:12貧困層を救うための慈善事業にも尽力し
05:16香港の偉大な老人と呼ばれた
05:20私は香港に生まれ育ち
05:28英国の法の下にありますが
05:32生まれ育った地への愛情を失ったことはありません
05:37もし香港に危機があったら
05:41私はこの町と共に死ぬべきだと思っています
05:47アヘン戦争で新潮が敗れ
05:551842年から始まった
05:58イギリスの香港統治
06:00その大部分は
06:05中国からの咀嚼地という扱いで
06:09起源は1997年までだった
06:12イギリスの香港統治が始まってから100年後
06:23日本軍が香港に侵攻する
06:27この島は全島をさながら1個の要塞
06:35英国が頼む東亜侵略の前進基地
06:38香港を無駄として東亜に平和なし
06:42香港のイギリス軍は3週間足らずで降伏する
06:48降伏した12月25日はブラッククリスマスと呼ばれた
06:53しかし日本軍による占領は3年8ヶ月しか続かなかった
07:03日本軍が去って4年後のことだった
07:15香港に再び緊張が走る
07:31国境内戦に勝利した中国共産党の
07:35香港奪還の動きを警戒した
07:38中国が香港に攻め込むことはなかった
07:54やってきたのは中国の混乱から逃れようとする
07:59大量の難民だった
08:01平地がほとんどない香港で
08:11難民は山肌にバラックを作り
08:14雨露をしのいだ
08:15共産化によって財産を没収されることを恐れた
08:27上海の資産家たちも香港に流れ込んだ
08:311945年からの10年間で
08:41香港の人口は4倍に膨れ上がった
08:45イギリスの植民地当局は
08:49中国政府から非難されることを恐れ
08:52逃げ込んできた人々への社会保障を
08:56ほとんど行わなかった
08:58香港政調が取った経済政策は
09:05レッセフェール
09:07自由法人主義
09:09儲けるためなら何をやっても自由
09:17野垂れ死ぬのも自由と言われた
09:20新潮を滅亡に導いた
09:37アヘンの習慣も残っていた
09:40明日をも知れぬ借り物の土地の上で生き続ける香港は
09:54中国の共産主義者の背中に張り付いた
09:59厚かましい資本家の生き残りである
10:03それは大英帝国の植民地主義と
10:10中国流の生活様式との時代遅れの混ぜ物であり
10:15百万長者たちの邸宅と
10:19惨めなスラム街のごちゃ混ぜ
10:22悪せく働く人々がうようよしている
10:27東洋と西洋が混在する香港だったが
10:39格差は歴然としていた
10:42人口の1%にも満たない白人が
10:45政府や企業の高い地位を占める一方で
10:48中国系住民は十分な教育を受けられずにいた
10:56この頃香港映画界で活躍する一人の少年がいた
11:06後に世界的な映画スターとなるブルースリーである
11:12幼い頃から名古屋区として活躍した
11:24中国人と西洋人の血を引くリーは
11:30白人からも中国人コミュニティからも疎外され
11:35アイデンティティを見つけられず苦しんでいた
11:44リーは強くなりたいと
11:46香港で流行していた中国武術
11:49カンフーの道場に13歳で入門する
11:56師匠の名はイップマン
11:58国境内戦で中国本土から逃れてきた
12:02武術の達人だった
12:06イップマンの下でリーは武道を通して
12:09東洋の思想に魅了されていく
12:14武道は自分を映し出す鏡のようなものだ
12:20私が武道を学ぶ理由はそこにある
12:25人間が克服しなければならないのは
12:28自分自身の意識だ
12:371962年香港にまたもや中国本土から大量の難民が押し寄せた
12:46その数は1日1000人にも及んだ
12:56毛沢東が始めた大躍進政策が失敗し
13:00大飢饉が起こっていたのだ
13:03これは中国から来た難民が
13:10香港から強制送還される映像
13:14香港の人々はかつての自分たちを見るような思いで
13:25難民を乗せたトラックに食料や生活物資を投げ込み見送った
13:40この頃、密航線に1人乗り込み
13:44中国から香港に逃れてきた12歳の少年がいた
13:48後にアパレルメーカーを創業し
13:55アジア有数の大富豪となる
13:57ジミー・ライである
14:02ライの父親が事業を営む資本家だったため
14:07中国政府から人民の敵とされ一家離散していた
14:11香港に到着した夜、工場に連れて行かれ
14:20雑務員として働かされました
14:24翌朝、朝食を食べに行った時
14:28たくさんの食べ物が並んでいるのを初めて目にして
14:33感激のあまり、泣いてしまいました
14:36私たちは工場に寝泊まりし、7時前に起きて夜10時まで働きましたが
14:46とても幸せでした
14:50当時の香港は貧しかったですが、希望がありました
14:57毎日、明日はもっと良くなるように感じました
15:01香港にたどり着いた不法移民が、住み着いた場所がある
15:12九龍城塞
15:17わずか3ヘクタールの土地に、500頭もの違法建築が隙間なしに隣立するスラム街である
15:28中国が、この場所の主権を主張していたため
15:341970年代まで、警察権が及ばない、地外法建地帯だった
15:41黒社会と呼ばれる犯罪組織が、ここを根白にし、真靴と恐れられてきた
15:49これは、1975年に撮影されたドキュメンタリー番組
16:001人の住人のモノローグで、番組は進行する
16:0830年代まで、私はこの場所に住んでいる
16:21この場所に住んでいる場所に住んでいる
16:24多くの人が犯事を犯した人
16:26最終は来る城寨
16:29もちろん
16:31この街の街は八鎮圖
16:34左鎮右握
16:36警察は不容易捉えられる
16:42間中
16:43もちろん
16:44道友を躲在横行
16:45或者公廁に追障
16:47卖白粉の煙格
16:49少し少し
16:51特別は天寒地冷時
16:53多くの人がたくさん見る
16:55の人がたくさん見られます
17:00全家がたくさん
17:02がたくさんの家
17:03市場には
17:04その人がたくさん
17:06まう
17:16ここで
17:18市場を順着
17:2050件の歯医者、大きな病院までもあったが、香港の医師免許はほとんど持っていなかった
17:28工場や食品加工場も作られた
17:37営業届も衛生検査も必要なく、すべてが独自のルールで行われていた
17:50昔は売春と麻薬とギャンブルしかなかったんだが、やがて丘陵城塞は工業地帯になった
18:07我々丘陵城塞の人間は香港の成長に大いに貢献した
18:13移民のパワーとエネルギーが爆発して
18:19産業が発展したのさ
18:221967年、香港に見慣れない光景が現れた
18:35通りに掲げられた、毛沢東思想万歳の文字
18:41毛沢東の肖像画や商品も出現した
18:46この頃、中国本土では毛沢東が資本主義の路線を取る党幹部の打倒を叫び
18:59文化大革命が始まっていた
19:02香港でもその動きに乗じ
19:06親中派の活動家たちがイギリス帝国主義打倒を呼びかけた
19:1267暴動である
19:16イギリス人指揮の下、香港警察が暴動の鎮圧に当たった
19:26しかし、活動家のこうした動きを
19:31多くの香港市民は冷めた目で見ていた
19:35私は中国に住んだことも
19:41共産主義者からひどい仕打ちを受けたこともありませんが
19:44年寄り連中は中国政府を絶対に信用するなと言います
19:5067暴動を見たら、よくわかりました
19:56大勢の人が共産党への恐怖から香港を出ていきました
20:03共産党国家、中国に相入れないものを感じ
20:11香港の人々の間に
20:14中国人と自分たちは違うという
20:17香港アイデンティティが芽生え始めていく
20:2618歳でアメリカに渡ったブルース・リーも
20:31東洋人のアイデンティティを意識し始めていた
20:35ワシントン大学で哲学を学んだリーは
20:39東洋の思想を漢風の中に地肉化していく
20:44ある時、一人で海に出た
20:49海の上で過去の様々な鍛錬に思いを馳せるうち
20:55自分に腹が立ってきて
20:58拳を水に突き入れた
21:00その瞬間、ある考えに打たれた
21:04この水こそ、漢風の精髄ではないか
21:10一見、弱そうでいて
21:13最も硬い物質にも染み渡る
21:16これだ、水のようになりたい
21:23水になる
21:24アメリカで試練に挑戦し続けた
21:28東洋人リーの生涯の哲学となった
21:31出演したテレビドラマでも
21:34こんなセリフを語っている
21:36or whatever she is
21:38empty your mind
21:39be formless
21:40shapeless
21:41like water
21:43now you put water into a cup
21:45it becomes the cup
21:47put it into a teapot
21:49it becomes the teapot
21:51now water can flow
21:52or creep
21:53or drip
21:54or crash
21:55be water my friend
21:58Sensitivity
21:59リーは香港でも4本の映画に出演
22:10空前のヒットを記録した
22:13香港のアイデンティティを大切にしながら大成功を収めたリーは
22:21香港最大のスターとなった
22:29しかし1973年32歳の若さで急死する
22:36たった4本の映画でブルース・リーは外国人から見たネガティブな東洋人造を吹き飛ばした
22:50彼は正義感が強く正直で銀幕でも素顔でも香港で初めての本物のヒーローだった
23:02同じ年
23:11香港は5年間でGDP平均成長率10%以上という驚異的な経済成長が続き
23:21東洋の真珠ともてはやされた
23:24その原動力はレッセフェール
23:30自由法人主義だった
23:33為替や税金など企業活動に対する規制が少ない香港は
23:39世界有数の国際金融都市へと成長していく
23:43これは1975年にエリザベス女王が香港を訪問した時の映像
23:56市民と間近に触れ合う女王の姿は
24:02大英帝国の一員としての誇りを香港の人々に感じさせるものだった
24:13現代の香港は独特の状況から生み出されました
24:22これほど大きな試練に直面し
24:25これほど精力的に立ち向かった地域は他にないでしょう
24:34しかし自由法人主義は腐敗の恩賞ともなっていた
24:40香港は黒社会と呼ばれる国際犯罪シンジケートの使徒とも言われた
24:49どうぞ
24:55日本や香港はヶ国の意見を regardしたい
24:57でも directors長さに呼ばれる国の仕組み、
24:58中に構れる公共に少なの
25:00須 getting to jail
25:01雇用しコンは少し以上出ていけて
25:02お酒話酒を聴入し
25:03自室うち無理な雇用し
25:05人々に訪れた人が
25:07憎論する話にして
25:08貰える ways
25:09何を訴えていなくすごく
25:10貨物違い分け
25:13ホ before
25:15一年くかたく rehearsal
25:16今僕は自分に
25:18それに照られた
25:19これは香港警察の活動に密着した イギリスのドキュメンタリー番組
25:30麻薬密売の倉窟とみられていた 急流城塞に捜査の手が入る
25:491974年には警察公館までが
26:19汚職によって逮捕された
26:21咀嚼期限まであと15年と迫った1982年
26:38イギリスサッチャー首相が返還交渉のため 北京を訪ねた
26:49東昌平は香港全土の返還を主張 そしてその後一国二制度を50年間維持することを約束した
27:04階段後アクシデントが起こった
27:09この映像はその後の香港の運命を予感させる象徴として 繰り返し流された
27:181980年代になると 香港経済を独占していたイギリス系企業に変わり
27:31中国系の企業家が台頭する
27:35その中に12歳で難民として 香港に逃れてきたジミー・ライもいた
27:461981年にアパレルメーカー ジョルダーノを創業
27:53世界的な大成功を収めていた
27:572つ目を収めて 何でしょうか
28:14英文の上に権がみつけ 香港の権 love
28:23私たちの自由を守ることができる
28:25私たちの力を守ることができる
28:301989年春
28:37香港市民の目は北京天安門広場の出来事に組付けとなった
28:44中国の学生たちが民主化を求めデモを始めていた
28:498年後中国に返還される香港
28:55中国の民主化が実現すれば
28:59中国返還後も自由と民主主義が約束されるはずと期待した
29:05北京の学生たちを支援しようと
29:12チャリティーコンサートが開催された
29:14ジャッキー・チェンを始め
29:24香港のスターが一堂に開始支援を訴えた
29:28日本のスターが一番好きな
29:58学生たちの支援に動いた
30:00ライは民主活動家を支援するメッセージTシャツを売り出し
30:12新聞には中国政府を批判する広告を出した
30:28しかし、期待は打ち砕かれた
30:436月4日、人民解放軍は提案門広場に突入
30:49市民の重厚を向けた
30:52少なくとも300人以上の命が奪われた
30:57この映像は香港の人々の受けたショックを
31:11如実に語っている
31:12中国政府は自分の能力を支援している
31:18しかし、日本の男性は自分の効果がありました
31:20他の人々は自分の効果が必要です
31:24昨年は自分の人々にとっていないところが多くありました
31:28平安門事件後 北京では民主活動家の逮捕が始まった
31:50中国当局は指名手配犯の情報を文書やテレビで流し 情報提供を呼びかけた
32:03これに対し香港の人々が動いた
32:06チャリティーコンサートで集まった250万ドルをもとでに
32:12北京の学生たちを海外に脱出させる計画が密かに動き始めた
32:18イエローバード作戦である
32:21黒社会の人間も加わり密交や潜入のルートが整えられた
32:37香港マフィアと中国マフィアのつながりが国境を越えることを可能にした
32:44マフィアの男たちは痕跡を消すために
32:49最も洗練された手段を駆使して
32:52反体制派に接触し国外脱出を手配した
32:57テイアンモン事件から1ヶ月後
33:07パリで行われたフランス革命200周年のパレード
33:12その中になぜか中国人の若者たちがいた
33:19北京当局の追跡を逃れ
33:28イエローバード作戦で香港を経由して脱出した若者たちだった
33:38その多くは現在も中国への帰国を許されていない
33:43天安門事件以後
33:55香港から海外に移住する人々が激増した
34:00お客さんに持っていない
34:03掛かれた
34:06天安門事件後の5年間で
34:3030万人が香港から
34:33イギリスやカナダ アフリカなどに移住した
34:37その一方で
34:42あえて香港に留まり
34:44中国と対峙しようとする人がいた
34:47アパレルメーカーの創業者
34:51ジミーライである
34:53ライはメディア産業に進出する
35:12総合雑誌
35:14ついで新聞アップルデイリーを創刊し
35:18中国政府と対決姿勢を鮮明にした
35:21ロクデナシのリホー首相
35:28お前は国家の恥だ
35:31ロクデナシのリホー首相
36:011997年6月30日
36:13香港についにその時がやってきた
36:16155年間にわたった
36:19イギリス統治が終わり
36:21香港は中国に返還された
36:24返還後
36:2850年間は守ると約束されていた
36:31一国二制度
36:33しかしその約束は守られなかった
36:41中国政府は香港の行政長官選挙に介入し
36:47民主派を事実上排除の動きに出る
36:50市民は雨傘を掲げて抵抗し
36:57自由と自治を守ろうとした
36:59でも参加者は100万を超えた
37:04必須牢固树立
37:15一国一事
37:17坚守
37:19一国原則
37:21任何危害国家主权安全
37:26都是絕不能允許的
37:30さらに2019年
37:34中国政府が危険とみなした人物の
37:37引渡しを事実上認める
37:40逃亡犯条例改正案が発表される
37:43市民は再び激しく抵抗した
38:06小狼が気づき出現
38:08我が一軍一軍と強打
38:10どうしたのか
38:11ジミー・ライが率いるアップル・デイリー氏は
38:23他のすべてのメディアが報道姿勢を中国寄りに変える中
38:28批判をやめなかった
38:34ライは中国政府が最も警戒する男と言われた
38:39彼は英国に住んでいる
38:54なきゃ申し訳ある
38:54彼は日本的自動ア国人で
39:01!
39:06You are saving the value of the free world
39:11自由を守ろうとする戦いの中で
39:18香港市民が思い起こした言葉がある
39:22ブルース・リーのあの言葉だった
39:25It's not the only one that says
39:31I said, empty your mind
39:34be formless, shapeless like water
39:38Now, water can flow, or it can crash
39:42be water, my friend, like that
39:50What is the word that says?
39:53日本の水が流行ったり、水が流行ったり、
40:03この地球は水が流行ったり、
40:07水が流行ったり、
40:13やったん手くあったり 始めるとは思い出ない
40:372020年
40:38ジミー・ライは国家安全維持法に違反したという容疑で
40:44ついに逮捕された
40:45翌年アップル・デイリー氏は経営資金を凍結され
40:59配管に追い込まれた
41:00最終号を買うために大勢の市民が行列を作った
41:08最終号の市面にはこう書かれていた
41:29リンゴが土に埋められればその種は木になり
41:39より大きくより美しいリンゴがたくさんなるでしょう
41:44今もジミー・ライは裁判で戦いを続けている
42:04これは逮捕直前に語ったインタビューである
42:09ほんの中に野村が来る
42:11今は東京に帰りるとちょっと
42:15全ての自信が必要がある
42:18この償金を負けたら
42:23必要がある
42:24私の自信がない
42:25私の生活を得る
42:28また次回お会いしましょう
42:30- Thank you all, are thank you Christian.
42:33- Thank you.
42:39- Tell the Crew what time they shoot the pictures at Hong Kong.
42:43- Well, it's mostly in the morning because it's kind of noisy
42:47in Hong Kong you know around 3 million people there and so every time I have
42:54写真は12時から午後5時から出てくる
43:02香港の永遠のスター ブルース・リー
43:08生前 書き留めていたノートがある
43:13そこに綴られた リーの信念
43:17試練の中にある 今の香港の人々に向けた
43:21励ましの言葉のようだった
43:28私たちは常に 何者かになる過程にあるのであって
43:34普遍のものは何一つない
43:38私たちの中には 常に変わり続ける世界に対して
43:43変化する柔軟性がある
43:47流れる水がそうであるように
43:50止まると腐っていくのだ
43:54勇気を持って進もう 友よ
43:58未来は 君が心に秘めた 大切な夢が手に届く
44:03場所と時間だと信じるんだ
44:06人々に縣られた
44:10自分の死だ
44:12ご視聴ありがとうございました
44:422回シリーズで日本の隣人の激動の歴史を伝える
44:52次回は韓国
44:54人々の自由を奪う戒厳令との戦いの記録