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00:00鹿児島桜島です 新プロジェクト x 今回はドクターヘリの物語
00:10このドクターヘリ医師や看護師が直接現場に出向くので到着と同時に治療を始められるのが特徴です
00:19救命救急に高い効果がありまして今では全都道府県をカバーしています
00:25その中で存在感を示しているのがここ鹿児島のドクターヘリ
00:31今日は命を平等に助けるため全身全霊をかけた人たちの知られざるドラマです
00:55プロジェクト x
00:59風の中のスバル
01:06砂の中の銀河
01:11みんなどこへ行った
01:16見守られることもなく
01:21草原の手がさす
01:26町角のビーナス
01:31みんなどこへ行った
01:35見守られることもなく
01:40地上にある星を誰も覚えていない人は空ばかり見てる
01:51目覚めよ 赤い空から教えてよ地上の星を
02:01つらめよ地上の星は今どこにあるのだろう
02:14入ります
02:15ありがとうございます
02:18狭いですね天井低い
02:20患者さんのスペースがこちらに設けられています
02:25さらに心停止した際のAEDですとか
02:29吸引機など必要な機材が常備されているんですよね
02:33その狭いスペースにさらに
02:36ある特殊なシステムをセットすることができるんですね
02:40それがこちらです
02:42来ました
02:43ありがとうございます
02:44ヘリ専用の新生児搬送システムです
02:48保育器人工呼吸器などが一体化されていて
02:53これを積み込みますと
02:55早産の赤ちゃん呼吸が難しい赤ちゃんの治療を
02:59開始しながら搬送することができるようになるわけです
03:03今全国で一番多くの赤ちゃんを搬送している
03:07鹿児島ドクターヘリ
03:08しかしここに至るまでには長く険しい道のりがありました
03:136500人の命が失われた阪神淡路大震災
03:26地震の後
03:28衝撃の事実が明らかになった
03:32当日ヘリコプターで病院に搬送された患者はたった一人
03:45ヘリで搬送していればもっと多くを救えたのではないか
03:51震災の初動でヘリは物資や救援輸送に使われた
04:04その一方現場に向かう緊急車両は
04:08瓦礫に行く手を阻まれた
04:16以後これを教訓として全国でドクターヘリの導入が始まる
04:27だが年間2億円の予算がネックとなり
04:32普及には時間がかかった
04:4110年経ってもドクターヘリが配備されなかった鹿児島
04:50しびれを切らす医師がいた
04:54茨里氏
04:56救命救急ではなく専門は新生児内科
05:04地方医療の現実と30年戦ってきた
05:19都市部なら助かるはずの命が鹿児島では助からない
05:27特に赤ちゃんのベッド不足は深刻で
05:32署名が起きるほど
05:36市民12万人が赤ちゃんを守れと訴えていた
05:46茨が率いる鹿児島市立病院は
05:50日本で初めての五つ子誕生を支えた名門
06:00だが2つの半島から県内唯一の新生児集中治療室までは
06:07時に2時間以上
06:12周産期の赤ちゃんの死亡率は全国ワーストクラスだった
06:20受け入れは基本的に断ったことは一度もないですね
06:26都会とは違うんですよ
06:28こういう田舎で一か所しかなかったら取らざるを得ないですよね
06:34ですけど到着した時に赤ちゃん亡くなっていく子が年間何人もいたんです
06:41ああってもったいないなって思いましたね
06:48茨が行政に直談判して導入したのが
06:54医師が駆けつけて治療するドクターカー
07:00たまたま生まれた場所が悪かった
07:07そんな不運をなくしたかった
07:12常に迷ったらやる
07:19やらない公開を残すぐらいだったら
07:26やった公開にかけたほうがいい
07:282011年
07:38ようやく鹿児島にドクターヘリが導入された時
07:43イバラはすぐにヘリを運用する救急課の吉原に相談を持ち込んだ
07:58赤ちゃんの搬送には繊細な肺を傷つけないよう
08:03酸素の量を変えられる呼吸器や
08:07低体温を防ぐ保育器など
08:10特殊な備えと技術がいる
08:19狭く揺れる機内で
08:211分1秒を無駄にしない治療を確立したかった
08:31やらせてほしいと手を挙げたのは
08:332年目の平川栄一
08:37ある母親のつぶやきが忘れられなかった
08:44現場到着に時間がかかり
08:47その赤ちゃんは後遺症で
08:5024時間介護が必要になった
08:56そのお母さん
08:59この子の面倒で
09:01私の人生ほとんど締めちゃいました
09:05みたいなことを
09:08ポロって言ったんですよね
09:11なんかすごくその一言が
09:12でもこっちにとってはすごく重くて
09:15悔しさですよね
09:18生まれた場所の違い
09:20あるいは決定的な治療が開始するまでの
09:23時間が1時間2時間違うだけで
09:25生まれた後その後70年80年が変わるんだったら
09:28それはやっぱり
09:31どうにかしてあげたいよねって思う
09:35岡山の生まれ
09:38少年時代
09:40成長ホルモンが十分に分泌されない難病だった
09:45自分を救ってくれた医療に恩返しがしたいと
09:51医師を志した
09:55君の体には1000万円以上の税金を使ったんだから
09:59しっかり返してねって笑いながら言われて
10:02いつかちゃんと貢献しないといけないなっていうのが最初ですよね
10:07平川が2年がかりで作り上げたのが
10:12呼吸器や保育器
10:15生態情報モニターが一体となった
10:18独自の新生児搬送システム
10:23ストレッチャーと交換するだけで
10:26瞬時に乗せられる
10:301分1秒を縮めるため
10:40消防との訓練を重ねたのは
10:43救急課の吉原秀明である
10:51鹿児島で唯一だった救命救急センターを長年支え
10:56奮闘してきた吉原
10:59救急センターの片隅に
11:07ヘリと同じ狭さの小部屋を作り
11:10空き時間にもシミュレーションする
11:13熱の入れようだった
11:16やっぱりこの命の格差というものが存在するっていうのを実感して
11:23もう自分たちで何とかしなきゃいけないのが
11:26この地域を良くするためにはもう
11:28何とか自分たちで努力するんだっていうような
11:31そこが出発点なので
11:33救急の専門医と新生児の専門医が手を組む
11:41異例の体制ができた
11:46導入から5年で赤ちゃんへの出動は全国最多の250件
11:53隣の熊本が地震に襲われたのはそんな頃だった
12:05この時、東海の危機に瀕した熊本市民病院は
12:08この時、東海の危機に瀕した熊本市民病院は
12:10地域の基幹病院
12:29この時、東海の危機に瀕した熊本市民病院は
12:35地域の基幹病院
12:40もう本当に寝てる仮眠室の本棚がすごいもうものすごい売れてて
12:45これは本当にちょっとただ事じゃないなと思って
12:48走ってきましたとりあえず
12:50新生児内科の井上武は
12:56集中治療室の様子に愕然とした
13:03看護師たちが赤ちゃんが寝るベッドを
13:07床に下ろして覆いかぶさり
13:11必死で守っていた
13:13壁には亀裂
13:18しかし、保育器を抱えて避難できる場所など
13:23あるはずもない
13:28余震がそのまま続いてですね
13:30赤ちゃんの保育器を抑えながら
13:32もしかしたらこのまま
13:34この子たちと一緒に自分を死んでしまうかなと
13:37ちょっと頭の中には掠めました
13:41井上はかつて
13:43鹿児島市立病院に勤務
13:46どんなフリも言い訳しない
13:50いばらの訓導を受けてきた
13:57だが、地震は容赦なく襲い
14:01赤ちゃんを守るだけで精一杯
14:0438人の小さな命が助けを求めていた
14:16ゲストにお越しいただいています
14:22鹿児島市立病院新生児内科の医師
14:25平川英二さんと熊本市民病院新生児内科の医師
14:29井上武さんです
14:31よろしくお願いいたします
14:32よろしくお願いします
14:33実はお二人はそもそもお互いを長くから知る中ということ
14:40そうですね、私が研修医の時に井上先生が
14:44鹿児島市立病院の新生児内科にいらっしゃったので
14:47だいたい若手というと本当に怒られながら
14:51ミスをして怒られたりとかそういうことがあるんですけど
14:53彼に関しては怒られたりとか
14:55そういうところを見たことがあんまりないんですね
14:58だから多分きっと彼は偉くなるだろうなと思ってたら
15:02やっぱりあっという間に偉くなられました
15:06迷ったらやるんだっていう
15:09井原先生の言葉が非常に印象的でしたけれども
15:12井原先生っていうのはお二人にとっての師匠というか
15:16そうですね、師匠といいますか大ボスといいますか
15:21私にとっては本当医療のいろはを本当に教えていただいて
15:28我々井原の道って言ったりするんですけど
15:31井原の道、井原の道、なるほど
15:34当時80人とか90人、10年以上前はですね
15:38病棟に入院していたんですね
15:41その時に全ての赤ちゃんの状態をですね
15:46空で、前日の状態、前日の夜間の変化のことについて
15:53空で言えるぐらい覚えておかないと
15:57本当にこの赤ちゃんのことを思って治療しているのかって
16:00言われたり大変な思いをしながら成長させていただいてます
16:05なるほどではあの夜の地震のことをちょっと井上先生聞きたいんですけれども
16:1340人近くの赤ちゃんに対応しないといけないと
16:18そうですね、みんな本当に医師はほぼ全員病院に出てきましたし
16:25看護師さんとかもたくさん出てきて
16:27育休中の看護師さんとかもですね、皆さん出てきてくれました
16:31なのでスタッフの数としてはだいぶ揃っていきました
16:35なるほど
16:36やっぱりちょっと我が身よりもどうしてもですね
16:39やっぱり小さい子たちの体の方が気にはなるので
16:42みんなそういう風にスタッフみんなで赤ちゃんを守ろうと
16:46必死だったと思います
16:48熊本市民病院で井上は決断を迫られた
16:58赤ちゃんを保育器から出し、避難させるしかない
17:10エレベーターも使えないしですね、階段で行かんと行かんから
17:14ずっとですね、そのトリアージというのはずっとしてたので
17:17それ通りに軽い人からどんどん連れて行って
17:21最後に残った人工呼吸の人たちを僕らが人工呼吸しながら
17:27抱っこで連れて行くという感じでした
17:32ほとんどの子はまだ自分で体温調節ができず
17:37体温が下がれば命に関わる
17:43まだ自力で呼吸できない赤ちゃんは7人
17:49手動で酸素を送る人工呼吸が頼りとなった
18:01避難先は1階のリハビリ室
18:08床の上で赤ちゃんを抱っこ
18:111分に50回の人工呼吸をひたすら続けた
18:18この子たちをどうにか本当にもうここ以外の病院に移さなきゃいけないという
18:27それまでのつなぎ止めるものかね、バトンをつなぐような感じではありましたかね
18:33その頃、熊本から南へ180キロの鹿児島市立病院
18:45ニュースを聞き、医師や看護師が集まり始めていた
18:55熊本に応援を出せないか
18:59全スタッフで集まり、状況を整備した
19:05あまりにも情報量が多すぎると思ったんですね
19:08熊本の情報、熊本県庁、鹿児島県庁、DMAT、院内
19:16あるいは鹿児島県全体のベッドコントロール
19:19さらに言えば、鹿児島市立病院の平常時の県内の対応
19:24これ全部処理しないといけないから
19:26誰が何をするかをちゃんと割り当てないと混乱するって思って
19:33平常時でさえてんてこまい
19:36それでも救援を遅れるよう、体制を組み始めた
19:45朝7時30分、熊本市民病院から近隣の病院への搬送が始まった
19:53始まっていた
19:55胃の上、一人の赤ちゃんが気がかりだった
20:02最も体が小さい、田中ゆきちゃん
20:11体重951グラム
20:16まだ自分では呼吸ができず、体力もない
20:22超早産で生まれてから、ようやく1月
20:29まだ両親に抱っこされたこともない
20:34看護師の石崎さやか
20:43静かに眠ったままのゆきちゃんが心配だった
20:50すでに人工呼吸は6時間に及んでいる
20:56泣いている赤ちゃんはですね、呼吸がしているっていうのが
21:03泣いているっていう時点で分かるけど
21:05静かに寝ている赤ちゃんとか、ちょっと注意してっていうのを
21:08やっぱり声掛け合ったりとか
21:10自分たちの目とか、触った感じとか
21:14機械に頼らない部分で患者さんを見てた
21:18冷えてないかなとか、呼吸できてるかなとか
21:23不安はあったんですけども
21:26できることをするしかなかったんですよね
21:28その状況だとですね
21:34この混乱の中で、正確な情報を
21:38鹿児島に伝えた者がいた
21:40地震後、被災現場にいち早く駆けつけていた
21:49鹿児島市立病院救急課の吉原だった
21:57吉原先生、なんかあの
22:00新生児の搬送が発生しそうなんだけど
22:04鹿児島県のドクターヘリ出せるみたいな
22:07打診が私のところにあって
22:13緊急事態
22:15吉原は責任者として
22:18鹿児島ドクターヘリを熊本に向けることを許可した
22:27その間のバックアップ体制も
22:30部下に命じて、構築させた
22:40朝、9時過ぎ
22:47鹿児島からドクターヘリが来る
22:50ユキちゃんを連れて、江津湖に迎え
22:57井上たちは、直ちに移動開始
23:04病院から西に1キロ
23:06There is a building in the EZCO-湖畔.
23:16For 1 minute and 50 minutes, I'm going to connect to the south of the sea.
23:23I'm going to look to the north of the sea.
23:36期待が見えた 180km南から駆けつけた鹿児島ドクターヘリだった
23:46井上頼もしい後輩の顔が浮かんだ
23:57Al-Hira川くんだと思いました
24:00神様が降りてくるような感じで
24:03天から降りてくるような感じで
24:05それは本当にありがたい
24:07ありがたかったです
24:08下り立ったメンバーは
24:19平川 山口 稲田 木辺
24:24救急と申請時内科の協力タッグ
24:32看護師の山口が駆け寄ってきた
24:39この子をお願いします
24:42石崎たちが守り抜いた
24:45小さな雪ちゃんの体温が
24:48伝わってきた
24:51すごいと思いました
24:53受け取った時は頑張ったねっていうところと
24:57大丈夫だよって言ったような気がします
25:03雪ちゃんは
25:05新生児搬送システムに守られた
25:11保育器もあって
25:13呼吸器もあって
25:15安心して託せるって思いました
25:18ようやっとこの子を守れる場所
25:20落ち着ける場所に
25:22預けることができるなって
25:24その時
25:30再び地震
25:36機体を守るため
25:38直ちに離陸
25:40揺れる機内で
25:48雪ちゃんの胃からガスを抜くために
25:51細さ1ミリの管を挿入
26:00この5年
26:01パイロットたちも
26:03ドクターの会話から
26:05患者の容態を把握できるよう
26:07備えてきた
26:10この日の担当は
26:12パイロット坂本
26:14整備士
26:15下溜り
26:18山岳地帯の
26:20風下とかになりますと
26:21大きく揺れる場合がありますので
26:23蛇を揺らさないこと
26:25それからできるだけ短時間で
26:27鹿児島に戻って来れるようなことを
26:29気をつけて
26:30フライトした記憶がございます
26:32地上の状況だったり
26:34風の状況だったり
26:36ヘリコプターが降りるのに
26:38問題ないかっていうのを
26:40確認する作業を
26:42無線の操作の方を整備がやりますね
26:46それぞれ役割は違いますけれども
26:48例えばそういう
26:50震災の赤ちゃんを救いたいっていうのは
26:54多分同じ気持ちだったと思うので
26:56時速260キロ
27:0810時34分
27:10鹿児島市立病院到着
27:14雪ちゃんは
27:20900グラムの小さな体で
27:24搬送を頑張り抜いた
27:26この日
27:36九州中の病院が
27:38続々と赤ちゃんの受け入れを支援
27:42被災地の病院でも受け入れ
27:4838人全員が搬送された
27:54平川たちはさらに2度
28:01切迫度の高い赤ちゃんの搬送を担当
28:06夕方までの飛行距離は
28:121000キロ以上に及んだ
28:15ようやく鹿児島に戻ったのは
28:25ヘリが飛べなくなる日没が
28:28間近に迫った頃
28:31体力ボロボロです
28:37距離的にも長いし
28:39初めてのことですし
28:42すごい緊張して疲れて
28:45八代会員がちょっと
28:47夕焼けになってたのを何か覚えて
28:51で ああ何とか3例終わった
28:54下のファミリーマートで
28:56コーヒーを買って飲み始めた
28:59だがその頃
29:07熊本市の南 干川町で
29:10一人の妊婦が
29:12産婦人科に駆け込んでいた
29:19予定日より2ヶ月も早い
29:22しかし地震で周辺の大病院はすでにいっぱいだった。
30:06最も容体が危ぶまれていた田中由紀さん
30:16田中由紀ちゃんの搬送ですけれども平川先生あのヘリで熊本に向かう皆さんはどのくらいそのとき由紀ちゃんの状態っていうのを分かってらっしゃったんですか?あのときは情報がほとんどなかったのでもう体重と人工呼吸管理をしているっていう情報とリハビリ室で抱っこでその状態を継続している。もうそれだけだったんですね。
30:33重症なお子さんをですねその情報も不十分なままお送りするというのはすごくこちらとしてもすごく申し訳ないなぁという気持ちもあってただ降りてきたときに平川先生の顔が見えたときにですねあ平川くんだと思って本当にあの気持ちがスーッと
31:03その辺の楽が楽になったようなあの覚えはありますあの時はとにかく木の下に赤ちゃんを抱いてる人がいて近づいてみたらその赤ちゃんがもういくえにもバスタオルとか多分洋服も混ざってたんですかねいっぱいにぐるぐる巻きにされてて1000g以下の赤ちゃんが外にいてそれもだっこでっていう
31:33ところでびっくりしたのを覚えてますあの実は今回ですねあのゆきちゃんのご家族にも取材をさせていただきましてあの真っ先に言ってたのが先生方に感謝を伝えてほしいということでしたあのゆきちゃん現在9歳になりますけれど運動会ではリレーの代表選手に抜擢されたりですとかあのお休みの子がいるとその子の分まで走ってってお願いされるくらい
32:03そうですそういう話を聞くと本当に何か大変な思いさせてしまったけれどもまあこちらとしても本当うれしいです
32:12石鳴りに尽きるといいますか本当に我々の力が少しでも役に立ったならよかったなと思いますね
32:20しかし長い一日はまだ終わってはいませんでした
32:26保育士の宮田恵さんは地震後子供を連れて避難所に身を寄せた
32:37消防団の見回りで夫の将兵さんは不在
32:44しかし揺れが続き子供たちが寝つけない
32:53二人を夜通し抱っこし家に帰った矢先破水した
33:02予定日はまだ2ヶ月先
33:09かかりつけのサインに駆け込んだ
33:13いつも通りの検診みたいな赤ちゃんも元気だよって言いながらそのモニター見せてくれて
33:22でもそのカーテンの裏側はめっちゃバタバタしてるのは音がするので
33:30腰水が少なくなると赤ちゃんがお腹の中で苦しくなるっていうのを聞いてやばいなと思って
33:39主治医の村本純一
33:45このまま生まれれば赤ちゃんが危ない
33:50まずやっぱり呼吸がうまくいかない可能性とミルクが飲めない
33:58まだ飲む力がないと
34:00NICのある病院がいいと
34:02鹿児島市立病院に再び搬送要請が入ったのは
34:10日も暮れかかった夕方6時7分
34:15ヘリが飛べるのは原則日没まで
34:22残り40分
34:25背中を押したのはあの言葉
34:32迷ったらやれ
34:35整備士の下たまり
34:42不足の事態に備え
34:44燃料と機材は補充してあった
34:48妖精があればすぐ離陸できるようにっていう
34:55常に100でもう準備しとこうっていうのはありましたね
35:00実はもうちの長男が
35:05あの
35:05過死状態
35:09息をしない状態で生まれたので
35:12やっぱりそういう妊婦さんとか見ると
35:15本当になんかこうちょっと一言じゃないっていうかですね
35:20自分をですね
35:22こうあの
35:24照らし合わせてこう見てたのかもしれないですね
35:29はい
35:30かなり危険な妊婦様だってお聞きしてましたので
35:35まあできる限り対応したいっていう気持ちはございました
35:38ただあの
35:39操縦士が平常心を失って
35:41仕事するっていうのは
35:43チーム全員を危険にさらすことになりますので
35:47まず
35:49自分が落ち着いて
35:50平常通り対応する
35:526時10分
36:02再び離陸
36:04想定される事態を
36:11クルーで共有する
36:13万が一途中で
36:16生まれそうになったら
36:18一番近い
36:20産婦人科が
36:21ありそうなところに降りて
36:23そこの産科の先生のところに飛び込む
36:26っていうパターンを考えてます
36:28メグミさんを乗せた救急車も
36:34ヘリとの合流ポイントへ
36:36移動開始
36:38一人での出産
36:45その時
36:48メグミさんの手を握って
36:50励ましたのは
36:51助産師の岩本渚
36:55大病院のないこの地域で10年
37:00妊婦を支えてきた
37:03やっぱり自分が取り乱して
37:07こうしてしまうと
37:08余計不安にさせちゃう
37:10っていうのもあるので
37:11ここで埋まれてしまったら
37:14どうしようっていう不安も
37:15確かにありはしたんですけど
37:17とにかく
37:19大丈夫だよって言いつつ
37:21早く来てっていうのが
37:22一番だったかなと思います
37:24大丈夫だよ
37:26大丈夫だよって
37:27ずっと笑顔で言ってくれて
37:29ずっと私がついてるからねって
37:32ヘリに乗るまでずっといるからね
37:34っていうのを言ってくれて
37:36その時は
37:39泣きましたね
37:41日没まで
37:47残り12分
37:50着陸と同時に
37:55平川が
37:56めぐみさんへの処置を開始
37:59山口が
38:06素早く
38:07吐き気止めを駐車し
38:09乗り物酔いで
38:11生きむのを防ぐ
38:13稲田は
38:19消防と連絡
38:21整備の霜たまりは
38:27素早く
38:29毛布をかけた
38:32離陸寸前
38:35めぐみさんを励ましてきた
38:38岩本は
38:40平川と
38:42短い言葉を交わした
38:45ねぎらいの言葉をもらったんですね
38:48実際あなたも被災者なのに
38:51一生懸命してくれて
38:52ありがとうございます
38:53っていうことを言われた時に
38:55まさか自分のことまで
38:57心配してもらえてるなんか
38:58思ってもないから
38:59もうそこですごく
39:00安心しました
39:01もう
39:03なんか一緒にはいけないけど
39:04もう頑張って
39:06赤ちゃんを元気に産んで
39:08みたいな感じで
39:09離陸したのは
39:13明るさが
39:14ギリギリ残る
39:16日没
39:172分前だった
39:19再び
39:31全速力
39:33めぐみさんが
39:46無事に
39:48鹿児島市立病院の病室に
39:50運ばれたのは
39:517時40分過ぎ
39:54破水から
39:563時間のことだった
39:59ついたって
40:02スッてついたので
40:04こんな近かったっけ
40:06ってぐらい
40:07早く感じました
40:09病室に行った時は
40:12ベッドの上を
40:13安心しました
40:14そして
40:18翌朝5時
40:20早産で生まれた赤ちゃんは
40:26NICUの保育期に
40:29守られた
40:31平川
40:38少年時代に
40:41難病を治療してもらった
40:43医療への恩返し
40:46果たせたと思った
40:49必要とされてることに対して
40:55ちゃんと
40:56答えれたなっていう
40:58毒ヘリのこのチームで
41:01このみんなの力で
41:03赤ちゃん助けてる
41:05なんかこう医者になって
41:07本当に人助けしてる
41:10っていう思いですよね
41:11どこで生まれた命も
41:17平等に助けたい
41:18かつて悔しさを味わった
41:22医師たちの思いが
41:24小さな命を救った
41:29平川さん本当に
41:42医師の本会を
41:44果たしたって感じですか
41:46そうですね
41:47やっぱり
41:49子供の頃
41:50大学病院に入院して
41:53治療してもらったからこそ
41:56今があるっていうのもありますし
42:00あの時にすごい自分の人生
42:02自分の命というと
42:05言い過ぎかもしれないですけど
42:06それを助けてもらったと思っているので
42:09それを別の形で
42:10助けれたのかなっていう
42:13誰かをですね
42:14日没直前に飛び立った時っていうのは
42:19もう山口さんもそこにはもう
42:21いろんなくすぐに行けますっていう状態でしたか
42:24はい多分聞いた時は
42:26えって言ったと思いますけど
42:30そこまでにもうボロボロになってるんですよね
42:34でも日没でまでに時間がないし
42:39必要なものだけ聞いて
42:42それを持って乗り込んだようだと思います
42:47ちょっとでもタイムロスをなくすように
42:50今回その正真正銘のプロの仕事を目の当たりにしたなって感じがやっぱあるんですよね
42:58日頃やっていたことがこういった災害の時にいい意味で形になったみんなの力が合わさってたくさんの人が助かったにつながったのかなと思います。
43:11あの井上さんは熊本市民病院の搬送の後にこうした搬送があったっていうことはご存じでしたか
43:21いやちょっと市民病院がもともとの機能を持ってたら
43:27こんなに不安な思いをさせなかったんだろうなというふうに
43:30ちょっと申し訳ないなと思いますけれども
43:32ただその平川先生たちの努力で本当にその不安が最小限にしてくれたんだなというのは
43:38本当にありがたいですね
43:40あの皆さんのお仕事って本当に日々その命と向き合わなければいけないっていうふうに感じるんですが
43:50そうですねまあやっぱり自分の決断が命に関わることがあるので
43:56まあやりがいはあるんですけれどもやっぱりちょっと正直命の重さになんか心が折れそうになったりすることも
44:04あるのはあります あとは家族にもですねやっぱりちょっと夜間とか土日とかいなくて
44:11寂しい思いをさせたりしたこともあったと思うんですけど
44:14子どもたちもだいぶ成長してきて
44:17少しそういう父親の仕事にも誇りを持ってくれているのかなというのが感じるようになってくると
44:23やっぱりもう少し頑張っていけそうかなという感じにはなります
44:28あのまあ元気に退院した子がお母さんが年賀状を送ってくれたりするんですね
44:36写真付きでですねまあそういったのを見るとあの
44:40退院する時にはですねもう会わないようにしましょうねで
44:45まあ私と会うっていうことは何かしらの理由で病院に来てるってことなので
44:49もう会わずに年賀状で近況だけ報告してくださいねってお伝えしたりすることもあって
44:56まあそういったのが来るとうれしいですね
44:59まあ子どもたちを
45:04まあ生まれた時だけですけど新生児内科医として関わるのはですね
45:09まあそこを支えているっていうところがほんと誇りですかね
45:14日本の空にドクターヘリが導入されて24年
45:27運用は全都道府県に広がった
45:35年間2万人以上を搬送している
45:45あの日日没寸前で搬送された
45:50宮田恵さん
45:53ハッピーバースデーイアーヒロハ
45:58おめでとう
46:01生まれた女の子は元気に9歳を迎えた
46:09彩りのある人生を送ってほしい
46:13イロハと名付けた
46:16兄弟の笑い声が響く
46:25いろんな人が助けてくれて生まれてきたので
46:31これからは小さいことでもいいので
46:34友達を助けるとか周りの人に喜んでもらえたりできるような子になってくれたらなと思います
46:46平川さんは熊本自身の経験を海外で生かしている
46:58電気が使えなくてもお湯で温められる保育器を開発
47:08途上国や被災地など医療器具が揃わない場所で
47:15命を救う取り組みを続けている
47:21どこで生まれる命も平等に救われてほしい
47:28そう願って今日も空を飛ぶ
47:33次回の新プロジェクトXはゴジラ特別編
47:50世界中の人たちが見るから頑張んなきゃいけないんだって
47:53世界を驚かせた35人海賊船の物語
47:58うなぎのぼりラボインバウンド特集でございます外国人でうなぎのぼる場所を徹底調査どうなってるのこれウソでしょこんなところが今夜10時ダーウィーが来た無人カメラ150台で撮影石炭の採掘跡地に戻ってきたたくさんの生き物たち新天地を切り開く力強い姿を捉えました
48:27NHKスペシャル人体いよいよ最終回
48:34最新科学はどこまで命に迫れたのかそして命の意味とは
48:4015日日曜夜9時
48:44辞書に全く興味のない緑と辞書を得の真面目 正反対な2人の辞書作りが始まる
48:53船を編む6月17日火曜夜10時スタート
48:57持ち歩いてるんですか
48:58はい
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